『ひとひらの残光』
彼は、何も持たずにそこへ来た。
名もなく、記憶もなく、
ただ、何かに触れたかった。
風が吹いていた。
その風は、彼の頬をかすめ、
胸の奥に、知らない感情の輪郭を描いた。
目の前にあったのは、
ひとひらの光。
それは花でもなく、星でもなく、
ただ、そこに浮かんでいた。
彼は手を伸ばした。
触れたかどうかは、わからない。
けれどその瞬間、
世界が、ほんの少しだけ震えた。
光は彼の指先に溶け、
皮膚の下に沈んでいった。
それは記憶にならなかった。
けれど、彼の存在そのものが、少しだけ変わった。
夜になって、彼は目を閉じた。
何も思い出せないまま、
ただ、胸の奥で
光が静かに脈打っていた。