『炎が記憶を焼くとき』
薪は、かつて森だった。
枝を伸ばし、葉を揺らし、
雨を受け、鳥を抱いていた。
その時間はもう過ぎ、
今はただ、火にくべられるために積まれている。
炎は、燃やすために生まれたのではない。
触れるために、
確かめるために、
そして、残された感覚を熱に変えるために。
火が灯ると、
木々は音を立てる。
それは悲鳴ではなく、
かつて風に揺れたときの音の再現。
炎は、その音を聞きながら、
木の中に残っていた記憶をひとつずつほどいていく。
煙が立ちのぼる。
それは、枝が空に触れていた頃の名残。
炭が残る。
それは、根が土を抱いていた頃の輪郭。
炎は、木々の感覚の強さを、
熱として空気に溶かしていく。
それは、ただの温度ではない。
誰かがその木陰で眠ったときの静けさ、
誰かがその幹に背を預けたときの重さ、
そういったものが、
炎の中で再び語られる。
そして、すべてが燃え尽きたあと、
残るのは、黒く静かな炭。
触れると、まだ少しだけ温かい。
それは、炎が最後まで手放さなかった感覚の名残。