『あふれる』
長い眠りのあと、
蝉は地上に出る。
土の重みを抜け、
光に包まれ、
風に撫でられながら、
世界の輪郭に初めて触れる。
葉の柔らかさ、
空の広がり、
雲の影がゆっくりと流れていく。
それらすべてが、
蝉の中に静かに、しかし確かに、
歓びとして満ちていく。
声が出る。
誰かに向けたものではない。
伝えようとする意志すらなく、
ただ、
あふれてしまう。
命の奥から、
止めようのない感覚が、
空気を震わせるほどの声になって、
世界にこぼれ落ちる。
蝉は鳴く。
生きていることの歓びを、
触れたものの美しさを、
その身を削ってでも、
外へと放ち続ける。
それは、
分かち合うためではなく、
ただ、
蝉の中に生まれたものが、
外に出たがっているから。
空はその声を受け止め、
風はそっと運び、
葉は静かに揺れる。
世界は、
何も言わずに、
その歓びを見守っている。